神戸地方裁判所 平成5年(行ウ)9号 判決 1993年8月30日
原告
甲野春子
右法定代理人親権者父
甲野信行
被告
神戸市立菅の台小学校校長
高原俊吉
右訴訟代理人弁護士
岡野英雄
主文
一 「被告が原告に対して平成五年三月一八日付けでした原告を平成五年四月八日より第六学年に進級させて平成六年三月下旬に卒業させると宣言した処分を取り消す。」との訴えを却下する。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一被告が原告に対して平成五年三月一八日付けでした原告を第六学年に進級させるとの処分を取り消す。
二被告が原告に対して平成五年三月一八日付けでした原告を平成五年四月八日より第六学年に進級させて平成六年三月下旬に卒業させると宣言した処分を取り消す。
第二事案の概要
一本件は、原告が被告に対し、被告が平成五年三月一八日付けでした原告を神戸市立菅の台小学校の第六学年に進級させるとの処分(以下「本件処分」という。)の取消しを求めた事案である。
原告は、原告が一人で自習していた日数は授業に出席したとはいえないから、原告の第五学年の出席日数は三四日間にすぎないこと及び原告は現在第五学年の学力を有しておらず、第六学年に進級しても授業についてゆけないことから、本件処分は、第五学年の課程を修了しないで第六学年へ進級させることになり、小学校の就学期限を六年とする学校教育法一九条及び各学年の課程を修了しないで上級学年へ進級させることは認められないとする文部省初等中等局長回答昭和二九年一〇月一九日雑初第三五六号に反し違法であると主張する。
二争いのない事実
1 原告は、昭和五六年五月三一日生れであり、平成四年四月から、神戸市立菅の台小学校の第五学年に在籍していた。
2 平成四年四月から平成五年三月末までの原告の出席日数は別室指導を含めて七一日間であり、平成四年一〇月一日以降、原告は登校しなかった。
3 被告は、平成五年三月一八日、本件処分をした。
三争点
1 進級認定の判断基準
2 原告が第六学年に進級するについて学力的に問題があるか。
3 別室指導を出席日数に含めて判断することの適否
4 出席日数との関係で、七一日間で進級を認めることが校長の裁量権の逸脱といえるか。
第三判断
一前記争いがない事実に<書証番号略>、証人渡辺明の証言、原告法定代理人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。
1 原告は、昭和五六年五月三一日、父甲野信行(以下「父信行」という。)と母ひろみの二女として兵庫県西宮市で出生し、現在は父信行と中学三年生の兄、中学二年生の姉の四人暮らしである。
2 原告は、昭和六三年四月に神戸市立菅の台小学校に入学し現在も在学中であるが、第一学年から第四学年までの成績は、普通から良の方で、身体の成長は良好、性格も明るい生徒であった。
3 原告は、平成四年四月からは五年一組に所属し、同年五月まで登校していたが、原告が同クラスで泥棒扱いを受けたり物を盗まれたりしたとの理由で、父信行は、同年六月から原告を登校させないようにするとともに、学校側にクラス替えを申し入れたが、学校側からこれを拒否された。
4 原告は、平成四年六月二七日から登校を再開したが、五年一組の教室で授業を受けるのを拒否し、同日から同年九月末日までの間、九月に二度くらい、運動会とプールの学年単位の指導を受けたほかは、会議室その他の別室で一人でプリント等の学習をした。
5 平成四年一〇月一日、父信行は、原告を留年させるのが妥当であると考え、原告を留年させるから別室指導は不要であると学校側に伝えるとともに原告の登校を止めさせた。
6 これに対し、学校側は、教頭らから父信行に対し、原告を登校させるよう促すとともに、担任からは、原告に対し、級友を通じて、学校や学級の行事等を知らせる連絡等を行った。また、神戸市教育委員会の担当者らが父信行に対し、隣接する小学校への指定外通学を提案したが、父信行は、これを拒否した。その結果、原告は、右以降今日まで一度も登校していない。
7 平成四年度における菅の台小学校第五学年の授業日数は全部で二三五日である。また、同年度における原告の第一学期の成績は、三段階評価で、図工及び家庭科が三、その他の教科が二という内容であり、第二学期及び第三学期は評定不能とされている。
二争点1について
原告は、小学校における進級認定の判断に当たっては、学業成績及び出席日数のみに基づくべきであると主張する。
そこで、小学校における進級認定の判断基準について考えるに、小学校の各学年の課程の修了認定は、児童の平素の成績を評価して行う(学校教育法施行規則二七条)とされているが、その判断は、高度に技術的な教育的判断であるから、学校長の裁量に委ねられていると解せられる。
そして、その認定は、義務教育であり、かつ心身の発達に応じた初等普通教育を施す小学校にあっては、単純な学業成績の評価や出席日数の多少だけでなく、児童本人の性格・資質・能力・健康状態・生活態度・今後の発展性を考慮した教育的配慮の下で総合的判断により決せられなければならない。
仮に、学業成績や出席日数のみに基づき、進級をさせないとした場合、小学校の段階では年齢により、体格・精神年齢・運動能力に顕著な差があり、一学年遅れると次学年の児童の間に溶け込むのに大変な努力が必要となるし、社会的な違和感に耐える必要があるという著しい不利益を被ることを考慮すべきである。
したがって、進級認定の可否を単純な成績評価や出席日数のみで判断するのは妥当でない。
三争点2について
原告は、原告が第五学年の学力を有しておらず、第六学年に進級しても授業についてゆけないと主張する。
しかし、前記認定のとおり、原告の第五学年の一学期の成績は、三段階評価で、図工と家庭科が三、その他の教科は全て二となっており、この成績からすれば、右一学期終了の段階で原告は十分第五学年の学力を有していたと認められる。
そして、<書証番号略>及び証人渡辺明の証言によれば、仮に、原告が平成四年一〇月からの不登校のため、現時点において、第六学年の一学期終了段階の学力を有していないとしても、学校の教職員が協力して原告の遅れを取り戻すよう指導、努力する予定であり、原告自身、第五学年の二、三学期及び第六学年の一学期の課程の学習をしながら、第六学年の二学期の授業についてゆく能力を十分有していることが認められる。
したがって、原告の学力を理由に本件処分を違法であるということはできない。
四争点3ついて
原告は、原告が登校した七一日間のうち三七日間は、授業を受けていたわけではなく、別室でプリントの学習をしていたのみであるから、この三七日間は出席日数に含めるべきではないと主張する。
しかし、前記認定事実及び<書証番号略>、証人渡辺明の証言によれば、平成四年六月二七日から同年七月二〇日まで、原告は、一人で会議室あるいは視聴覚室等でプリントの学習をしていたが、その間、毎朝職員室に登校し、その日の学習について、教頭や担任の教師の指示を受けてから別室に行って学習していたこと、各時限の合間には、教頭や担任が原告の様子を見にいったり、原告を職員室に呼んで様子を報告させたりしていたこと、九月一日から三一日までは、原告は、心身障害児学級の教室に机をおいてプリント等を学習し、その学級の教師や教頭等の監督の下にあったことが認められる。
これらの事実からすれば、原告は、学校の監督下で学校側の指導方針に従って学習していたことが認められる。
そして、本件のように原告自身が正規の教室において授業を受けるのを拒否しているという特殊な事情の下で、学校側の人員の制約等を考慮すれば、このような別室指導もやむを得ない措置であって、正規の授業と同視してもよいというべきであり、別室指導を出席日数に含めるべきでないとする原告の主張は採用できない。
五争点4について
原告は、学校教育法一九条、文部省初等中等局長回答昭和二九年一〇月一九日雑初第三五六号を挙げて、出席日数が年間の三分の一くらいに極端に少ない児童は、たとえ、成績が良くても進級させてはならないと解釈すべきであり、本件処分は校長の裁量権の逸脱であると主張する。
しかし、学校教育法一九条は小学校は六学年制を採用することを明記しているだけであるし、右初等中等局長回答は、学年の途中で学力の認定を行い上級学年に進級させることはできないとしているものであり、本件において直接の指針となるものではない。
一般的に義務教育では年齢主義的な学年制の運用がされているが、殊に、初等普通教育においては「心身の発達に応じて」教育を施すことを目的としており(学校教育法一七条)、小学校の段階では年齢により、精神年齢・運動能力・体格等心身の発達に顕著な開きがあることから、年齢別の教育が最も適するといえる。
また、右の目的を達成するために小学校の教育の目標は社会生活・日常生活における経験に基づいて必要な能力を養うことに主眼が置かれている(同法一八条)が、この目標達成のためには、同じ社会生活・日常生活上の経験を有する同年齢の児童ごとに教育することが最も適していると解せられる。
そして、前記認定事実に証人渡辺明の証言によれば、原告は、身体の成長が良好で、五年一組の児童中、体格が一番よいことが認められるし、更に、運動能力・精神年齢等が他の同年齢の児童と比して劣っていて一年下の学年の児童と共に教育する方が適すると判断される事情は全く認められない。
したがって、本件処分が校長の裁量権の逸脱であるということはできない。
第四請求の趣旨第二項の訴えについて
なお、請求の趣旨第二項の訴えのうち、原告を第六学年に進級させるとの宣言の取消しを求める部分については、請求の趣旨第一項と同一の請求であるし、平成六年三月下旬に卒業させるとの宣言の取消しを求める部分については、原告法定代理人自身、そのような宣言を被告はしていない旨供述しており、右宣言の存在を認めるに足りる証拠はないから、その処分性について判断するまでもなく、不適法であることが明らかである。
第五結論
以上のとおりであって、請求の趣旨第二項の訴えは不適法であるからこれを却下し、請求の趣旨第一項の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官辻忠雄 裁判官吉野孝義 裁判官伊東浩子)